6月3日、新作の小説「活版印刷三日月堂・星たちの栞」(ポプラ文庫)が刊行されます。
いまの若い人に話すと「活版印刷ってなんですか?」と訊かれることも多いのですが、むかしの印刷方法で、一文字ずつのハンコのような金属でできた「活字」を並べて版を作り、インキをつけて刷ります。かつては、人が活字というものを一本ずつ並べて印刷物を作っていたのです。
わたしが子どものころの本は活版がほとんどで、小学生のころ、父に連れられて印刷所の見学に行ったこともありました。お土産にもらった活字や凸版は魔法の道具のようで、大事に引き出しにしまっていた覚えがあります。
その後、組版の主流は写植(写真植字)、DTPと変わってきました。
twitterで続けている140字小説を活版印刷のカードにしはじめたのは2013年。作品が100を超えたあたりでした。
活版印刷のよさを再発見し、あたらしく取り組む若い作家さんたちが現れてきていることを知り、ネットで見かけた九ポ堂さんに印刷をお願いすることにしました。九ポ堂さんを訪れ、印刷の体験もしました。活字の棚や印刷機はとても魅力的でしたし、刷り上がったカードの文字も印象深く、紙に文字が「刻まれている」と感じました。
その後、活版印刷の作家さんたちと知り合い、活版TOKYO(活版関係のイベント)に参加したりするうちに、この世界を小説にしたいなあ、と思うようになりました。
DTPより活版の方が優れている、ということではありません。活版印刷は手間もコストもかかりますし、表現にも制約があります。
でも、たとえば編み物の場合、質の高い工業製品があっても、手編みには手編みにしかできないことがある。陶磁器や織物のような工芸品も同じです。印刷物にもそういうものがあってもよいのではないか、古い手法をとっておいてもよいのではないか、と思います。
また、活版印刷の道具を見たり、使ってみたりすると、印刷の歴史そのものが実感できるような気がします。なにを実現したくて印刷技術が発展してきたか。その積み重ねのうえにいまの技術があることがわかります。
この小説は、印刷所を営む人の視点ではなく、印刷所を訪れるお客さんの視点で書きました。四人のお客さんによる四つの物語。少しだけむかしの手法に触れることで、かつての自分ともう一度出会い、なにかを確認していく物語です。
謎も不思議な設定もなく、ミステリでもファンタジーでもSFでもないはじめての本になります。さらに、作品の舞台を川越という実在する場所にしました。これもわたしにとってははじめてのことです。
久しぶりの大人向けの作品で緊張していますが、印刷に関する小ネタも(控えめながら)添えましたので、楽しんでいただけたらうれしいです。
amazon 活版印刷三日月堂・星たちの栞
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まつもと (木曜日, 14 7月 2016 16:43)
新聞で紹介されていて、タイトルだけでネット書店で発注したら、2刷が届きました。黄色地の帯が下品で興ざめだったのですが、期待以上のお話しでした。第1刷の帯がついた姿をここでみて、リアル書店で探せばよかったのにと思っています。
ほしお (金曜日, 15 7月 2016 18:29)
読んでくださってありがとうございます!
わたしも最初の帯がとても好きだったので、少しさびしく思っております。。。
おおさわ (金曜日, 04 11月 2016)
印刷会社に勤めていて、川越に住んでいます。川越の風景を思い描きながら読めて楽しかったです。各話でホロリとしました。続編をお願いします!
ほしお (金曜日, 04 11月 2016 18:09)
ありがとうございます。
現在執筆中です。
がんばります。
Mariko Hirai (月曜日, 26 12月 2016 21:01)
活版印刷でカレンダーを作ったのがきっかけで
この本に出会いました。
素敵な心温まるストーリー
出会いに感謝しています(*^^*)