新刊『東京のぼる坂くだる坂』(筑摩書房)が出ました!
今回は単行本です。
語り手・蓉子は三十代の終わりで母とふたり暮らし。父は坂好き・引っ越し好きの変人で、蓉子が幼いころ家を出ていき、名前のついた坂を転々としていた。父の訃報から五年ほど経ち、仕事で偶然、幼いころ父とともに住んだ家の近くを通りかかったことをきっかけに、父が住んでいた坂をめぐることを思いつく。
幽霊坂、闇坂からはじまって、都内17の坂を実際に歩いて書きました。
はじめは東京の坂道めぐりをするお話を書きましょう、という企画だったのですが、坂を歩くうちになぜかいなくなった父の跡をたどる話になっていて……。
小説を書きはじめたころ『群像』という文芸誌に「崖に置かれて」と「北限のサワロ」というふたつの小説を書きました。どちらもいなくなった父をめぐる物語で、「崖に置かれて」には国分寺崖線が、「北限のサワロ」にはアリゾナのグランドキャニオンという大きな崖が出てくるので、わたしは「崖シリーズ」と呼んでいました。
その後しばらく崖シリーズから遠ざかっていたのですが、坂を歩くうちにまた崖と父の物語が復活してきたようです。
国分寺→アリゾナだったので、次は火星の崖でも書くか、と言っていたのですが、意外と近い東京の坂になりました。
どこにたどり着いたわけでもないのですが、これで崖シリーズ完結かな、と思っています。
「名前のついた坂」としたこともあり、歴史のある坂が集まりました。
もともとは「ちくま」で連載していたもので、連載をはじめるときは、東京オリンピックが開催される2020年に本を出せたらいいですね、人々が東京の景観に注目する時期ですし、という話でした。
ところが最後から2番目の坂をめぐったあたりで緊急事態宣言が出て、最後の坂の取材には行けず、本もいまは出せない、となってしまい、結局去年の夏、宣言が解除された時期に最後の坂の取材をおこなって、予定の一年後のいま刊行となりました。
そのような経緯もまた、起伏のある道を頼りなく歩くこの本にふさわしいような気がしています。
各章に九ポ堂・酒井葵さんによる坂周辺のお散歩マップがついています。
連載当時は葵さん、筑摩の担当編集氏とともに2ヶ月に1度都内の坂をめぐり歩いていました。
取材時は、暑い、寒い、雨が辛い、などなどいろいろあったのですが、いま思い出すとなんとも楽しく、忘れ難い日々でした。お付き合いいただいたことに感謝しています。
しらこさんの装画も、坂の上から見下ろすのと坂の下から見上げるのはどちらが良いか、編集さん、デザイナーさんとともにずいぶん悩んで見下ろす構図に決まりました。
表紙以外の部分にもあちらこちらにのぼったりくだったりが隠されていて、本の中に坂が詰まっているような楽しい装丁になってます。
カバー・表紙・扉イラストレーション しらこ
イラストマップ 九ポ堂
ブックデザイン アルビレオ