Advent calendar 2021
クリスマスまで毎日一編ずつ過去の140字小説をお届けします。
24
#804
朝起きる。雲を見る。筋になっ
たり、ふわふわと広がったり。
どれもこのときだけの形で、ま
た一年が終わろうとしてる。冬
至もすぎて、少しずつ日が長く
なる。朝起きる。遠いところか
らのプレゼントのように、朝を
受け取る。晴れていても曇って
いても。起きあがる。紅茶を淹
れる。そうやって生きている。
23
#230
クリスマスが近づいて、空は青
い。サンタの家のあたりはきっ
ともう雪に覆われている。サン
タは鼻歌を口ずさみながら、ク
リスマスの夜が晴れることを祈
っている。雪だとトナカイが辛
いだろうから。真っ青な空を見
あげて、わたしも祈る。星の光
に照らされて、サンタが無事に
世界をまわれますように、と。
22
#262
雪が降って、外は真っ白で、ひ
とりでストーブにあたっている
と、なつかしい人がぽつりぽつ
りと集まって来る。みんな若く
て、亡くなったおばあちゃんも
腰がぴんと伸びて、絵本で見た
動物たちまで集まって、笑った
り踊ったりしている。ぽかぽか
と。小さなぼんぼりのような雪
が音もなく落ちてくるなかで。
21
#789
夜の道を歩きながら、家の灯を
見るのが好きだ。そこに暮らす
人がしあわせとはかぎらないと
知っているけれど、小さな光は
心臓を思わせる。家という生き
物のなかに心臓がともって、い
くつもいくつもならんでいる。
生きているよ、と言ってるみた
いに。僕の心臓もしずかにとも
って、ちらちらと揺れている。
20
#540
机の引き出しに翼のあるものを
飼っている。よく晴れた日には
それを空に放す。帰ってこない
かもしれないと思いながら。戻
ってくると、僕も少しだけ空の
色をもらったみたいな気持ちに
なる。いつか、そのまま帰って
こない日が来るかもしれない。
それは僕がいなくなる日のよう
で、さびしくて少しまぶしい。
19
#800
向こうの丘の上に鳥の群れが飛
んでいる。集まったり広がった
り上がったり下がったり、不思
議な動きをしている。あれは鳥
同士の会話だろうか。鳥たちが
なにを考えているのかわからな
い。僕には世界のほとんどのこ
とがわからない。ただ今日一日
無事に過ごせますようにと願い
つつ、朝の紅茶を淹れている。
18
#291
青い空をながめている。宇宙は
暗い。この青は大気が作った色
だから、地球上でしか見られな
いんだ。僕たちは今日もこのち
っぽけな星に乗って、宇宙をま
わっている。真っ暗な宇宙をめ
ぐっている。人間やほかの生き
物や海や森や山や雲といっしょ
に。僕の目にも空が映って、ぽ
っかりした雲が浮かんでいる。
17
#512
雲を見ていると、いろんなこと
を思う。わたしの知らない遠い
町のうえにも雲があるというこ
と。それを見ている人がいると
いうこと。わたしが生まれる前
にも雲があったということ。そ
れを見ている人がいたというこ
と。あこがれのような、悲しみ
のような、傷みのような、薄く
淡い雲がゆっくり流れていく。
16
#226
夜中、動物たちが列になって枕
元を通って行く。ゾウやラクダ
やヤギ。いろんな動物が連なっ
ている。遠くから来たのだろう
か。砂漠や山を越えて来たのか
もしれない。行く先には点々と
光があって、ひとすじの道のよ
うだ。みんなそこを黙々と歩い
ていく。眠っている身体を捨て
てあとについていこうと思う。
15
#748
夜ちらちら光る星の下を歩いて
いると、生きていてもいいんだ
という気がしてくる。だってず
っと遠い場所でひとり輝いてい
る星の光が、僕のところにも届
くのだから。どこにも行き着け
なくても、行くべき場所がない
としても、歩いていたっていい
のだと思う。星の光を少しずつ
集め、心のなかに灯している。
14
#797
若いころは、生きるとはあたら
しいものと出会うことだと思っ
ていた。いつのまにか失う方が
多くなったが、胸のなかはにぎ
やかだ。亡くなった人たちもい
て、はじめはひとりきりだった
部屋がいまは町のようだ。死ぬ
とは、ほかの人々の胸に住むこ
とかもしれない。自分ではない
欠片になることかもしれない。
13
#659
冬の日差しはうつくしい。低い
陽の光が、ひらひらと舞い落ち
る木の葉を照らす。むき出しに
なった幹の側面を照らす。そこ
にある小さな凹凸のひとつひと
つに血が通って、命のような色
になる。冬の日差しはあたたか
い。忘れ物を届けるみたいに、
ふだんは見えないものたちを、
僕らにひっそり見せてくれる。
12
#774
月のまぶしい夜にだけ開く扉が
ある。なかには引き出しがなら
んでいる。目が覚めてから思い
出されることのなかった夢たち
が、こぼれ落ちて結晶になり、
月のかがやく夜にあちこちでき
らめく。僕らはそれを拾い集め
てここにおさめるのだ。結晶た
ちは月のようにしんと光って、
だれかの夢を映し続けている。
11
#759
本とは遠い星の光のようだ。手
が届かなくてもきらきらとかが
やいて、僕らの心の井戸を照ら
す。遠い遠い場所から長い時間
かけて飛んできて、井戸の底の
水に落ちる。星がなくなってか
らも。本とは孤独な星の光のよ
うだ。星に行けなくても、星に
さわれなくても、僕らは星の光
を浴びて、心に星の光を宿す。
10
#271
待っているのが好きなんだ。そ
れがいいことならもちろん、ほ
んの小さなことでもいい。待っ
てるときって、少し先に光が灯
っているみたいなんだ。心がぽ
っとあったかくなるんだ。だか
ら待たせるのが申し訳ないなん
て思わなくていい。とくに待っ
ているのが君なら、それはもう
すばらしく素敵なことなんだ。
9
#660
晴れた冬の夜は暗い道を思い出
す。旅先の小さな町のはずれ、
そこから先なにもない場所。鞄
は空っぽで、大切なものなどひ
とつもなかった。ぽつぽつ続く
街灯。人気のないガソリンスタ
ンド。自由だった。孤独な星の
ように自由だった。僕の心は、
まだあそこにあるような気がす
る。遠い空を見てる気がする。
8
#726
『いないいないばあ』という絵
本があって、にゃあにゃやくま
ちゃんが次々に、いないいない
ばあ、をしてくれて、若いころ
は他愛ないおはなしだと思った
ものだけど、いまはわかる。い
ないいないばあ、のやすらかさ
が。いないいない、したあと、
ばあ、してくれないことがたく
さんあるんだと知ったいまは。
7
#596
その人の村には魂の鳥という伝
承があるらしい。人の身体には
魂はなく、魂は対となる一羽の
鳥に宿っている。対となる人と
鳥は生涯出会うことはないが、
同時に生まれて同時に死ぬのだ
そうだ。ビルの隙間に住む僕に
も、魂の鳥がいるだろうか。ど
こかの空を飛んでいるのだろう
か。冬の光がとてもまぶしい。
6
#307
人とふれあうのが怖かった。理
解されるのもされないのもいや
で、窓越しに外を眺めていた。
でもある朝、揺れる葉を見てい
て思った。あの葉もひとりなの
だと。世界はひとりきりのもの
で満ちている。生きているのは
わずかなあいだだから、痛くて
もなにかにさわろう。窓を開け
る。日の光が差し込んでくる。
5
#306
本を読むのが好きだった。本の
なかで暮らすことを夢見た。だ
が、どんな本もいつか終わる。
あるとき、世界を本だと思うこ
とにした。世界は広く、複雑だ
った。日々ページをめくるよう
に世界をながめた。自分が死ん
だあともこの本は続く。不思議
と満ち足りた気持ちになる。し
ずかにページがめくれていく。
4
#114
久しぶりに友だちの家を訪ねる
と留守だった。枕の上にぽつん
とノートが残っている。光や水
のことが妙にたくさん書かれて
いて、どうやら夢の記録のよう
だ。最後のページに「夢の世界
に引っ越しました」とある。行
ってしまったのか。枕元の鉢植
えが茂って、そういえば植物が
好きな人だったな、と思った。
3
#231
月が浮かんでいる。たぶん月は
自分が月と呼ばれていることを
知らない。地球に僕らがいるこ
とも、僕らが月を見つめている
ことも。遠い未来、人のいない
地球のことを考える。そのとき
も、月は白い光で地球を照らし
ているだろう。そう思うと、僕
は少しほっとする。月の光を浴
びて、町がしんと光っている。
2
#460
夕暮れの空を見るのが好きだ。
知ってるよ、美しいものだけ眺
め、手を汚さずにすむ人生なん
てあるわけがない。守らなけれ
ばならないものがあればなおさ
ら。だれだってくたびれて、薄
汚れて、終わる。夕暮れは一日
の最後の色なんだ。さよならの
色。ぱあっと燃えて闇になる。
だからそれを見ていたいんだ。
1
#518
弱い冬の日差しが、坂道を歩く
僕の背中を照らす。生きてるこ
とが心細くて、道を動く影を見
ていた。だれと会うために、ど
こを歩くために、僕は生まれて
きたんだろう。遠いだれかとの
糸電話のような、世界との細い
細いつながり。僕はここにいる
よ。ひとりで日を浴びて。空が
澄んでいる。冬が光っている。